宮城県 被災地の成人式 復興への決意
14日、成人の日。宮城県内では成人式が13日に多く行われました。
3・11 東日本大震災 あれから7年10ヶ月
震災発生当時、小学生だった子達が、成人式を迎えます。
月日が経つのは早いものです。
ランドセルを背負っていた子供達が、震災の経験をし、自分の目標を見つけ、町に貢献したい、あるいは恩返ししたい、経験を語り継ぎたいと言う。
南三陸町
南三陸町です。小学校の卒業式直前、故郷を津波が襲いました。
「震災を経験した私たちは、後世へ語り継いでいく責任があります。」
「今までたくさんの人に支援してもらったので、これからは、その恩返しをしていきたい。」
女川町に貢献したい
式では、はじめに東日本大震災の犠牲者に黙とうを捧げました。
女川町で、津波で親族4人が犠牲となった勝又愛梨さん。
震災をきっかけに看護師を志しました。
看護学校で学びながら同級生らと津波到達点に石碑を建てる活動を続けています。
「成人の日を迎えられたというのは当たり前のことではないと思うし、
生きたくても生きられなかった人もいるので
女川町にどのように貢献していけるか考えていきたい。」
「千年後の命を守るために」
「この石碑よりも上へ逃げてください」
と刻んだ「女川いのちの石碑」は、町内すべての地区に建てられる計画で来年の秋に完了する予定です。
雄樹の分も生きてもらいたい
震災で74人の児童が犠牲になった石巻市の大川小学校。
痛ましい出来事を乗り越え、当時6年生だった卒業生たちも成人式を迎えました。
当時の6年生21人中、奇跡的に助かったのは5人。
大川小のあった石巻市河北地区では、76人の新成人が亡くなった同級生に復興を誓いました。
当時6年生だった16人が2019年、成人式を迎えるはずでした。
佐藤和隆さんは、三男の雄樹君を亡くしました。
「この小学校で助かった子どもたちには、本当に雄樹の分も立派に生きてもらいたいと思います。」
親御さんにとっては消すことのできない過去ですね。
あの経験は、子どもたちの心の傷になったかもしれない。それでも前へ進み、芽が出て成長するように人々の気持ちの中に生きています。
宮城県内では2万4018人が、新たに大人の仲間入りをしました。